東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1831号 判決 1982年5月25日
控訴人(附帯被控訴人) 文永昭
被控訴人(附帯控訴人) トヨタ東京カローラ株式会社
主文
本件控訴並びに附帯控訴はいずれもこれを棄却する。
当審における訴訟費用はこれを一〇分し、その九を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という)代理人は、「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人の附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求めた。
被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴の趣旨として「原判決中被控訴人の敗訴部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し原判決認容額のほかに金一八九万円及びこれに対する昭和五六年七月二七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決四枚目裏一〇行目の「1の(一)は」を「1の冒頭の事実及び(一)の事実は」と訂正する)。
一 被控訴人の主張
控訴人の訴外(第一審共同被告)株式会社月光(以下「月光」という)の取締役としての任務懈怠は次のとおりである。
1 「月光」は昭和五四年二月に控訴人が資本金一〇〇万円の全額を出資して設立された会社であるが、同会社は、当初控訴人が提供した二五台、訴外高橋てる子から借受けた九台、「月光」の買入れた二〇台の自動車を他に賃貸してこれにより収益をあげることになつていた。
2 「月光」の代表取締役は訴外(第一審共同被告)五十嵐春男であるが、同人は、その就任当時、自動車一台の賃貸料は一か月七万円が適正な価格であつたにも拘らず、訴外株式会社ジヤパン通商に対し「月光」の保有自動車五四台中の三〇台を賃料月額四万三〇〇〇円で、同五五年三月被控訴人より買入れた自動車一〇台を賃料月額五万円で賃貸したばかりか、同五四年一二月には街の金融業者から高利の金員を借受けその担保に少なくとも四台の自動車を提供した。
3 このように会社設立当初から賃貸料をダンピングしたうえ、高利の金員を借受けるのでは会社の資産状態を悪化させ倒産に至らしめることは明らかであるから、五十嵐の右行為は「月光」に対する忠実義務違反にあたる行為というべく、かくて「月光」は同五五年六月に倒産したが、これは代表取締役五十嵐の任務懈怠に基因するものであることは明白である。
4 「月光」の経営状態は、昭和五四年九月頃には既に悪化し、自動車を代金月賦で買入れてもこれを完済することのできないことは判つていたのに、五十嵐は敢えてこれを無視し、被控訴人から同月四台、翌五五年三月一〇台の自動車を買受けたが、この行為も代表取締役としての忠実義務違反にあたる。
5 控訴人は「月光」の取締役として代表取締役五十嵐の業務執行を監視すべき義務を負つているものであるが、もともと控訴人は五十嵐よりも自動車賃貸業務の経験が長く、実質的には従業員の地位にあつた五十嵐は控訴人が適確に業務内容を把握して意見を述べれば、これに反対できない事情にあり、現に控訴人は毎日のように「月光」の事務所に現れて三〇分程度在室し、また「月光」の代表取締役印を金庫に保管して自己がその鍵を所持するなど現実に五十嵐の業務の執行を監視できる立場にあり、しかも「月光」の経理状態の悪化は、自己の役員報酬(月額三〇万円)の支払が同五四年四月からなされていない事情からしても十分窺知し得たのであるから、五十嵐の前記忠実義務違反行為を抑止することができたのである。然るに控訴人は、故意又は重大な過失により監視義務を怠り、五十嵐の前記放漫経営並びに被控訴人からの自動車買入れを黙認ないし放置したため、「月光」を倒産に至らしめ、被控訴人に本件損害を被らしめたのである。
6 よつて控訴人は商法二六六条の三により被控訴人に対しその被つた損害を賠償すべき義務があるところ、本件訴訟提起のために被控訴人が負担すべきこととなつた弁護士費用一八九万円についても、控訴人の右任務懈怠行為と相当因果関係にある損害といえるから、右損害も賠償の対象となる。
二 控訴人の主張
1 被控訴人の主張1のうち、控訴人が昭和五四年二月資本金一〇〇万円の全額を出資して「月光」を設立したこと、「月光」が控訴人から自動車二五台の提供を受け、訴外高橋てる子から自動車九台を借受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。
2 同2のうち昭和五四年頃の自動車一台の賃貸料は一か月七万円以上が相場であつたこと、五十嵐が「月光」の保有する自動車三〇台を株式会社ジヤパン通商に賃貸したこと(一台の月額賃料は措く)、同五四年一二月、「月光」がその保有する自動車のうち少なくとも四台を街の金融業者に対し借受金の担保として差入れたことは認めるが、その余の事実は争う。
3 同3のうち「月光」が同五五年六月倒産したことは認めるが、その余の主張は争う。
4 同4のうち「月光」が被控訴人から自動車一四台を買受けたことは認めるが、その余の事実は争う。
5 同5のうち控訴人の自動車賃貸業務の経験が長く、控訴人が「月光」の代表取締役印を金庫に保管しその鍵を所持していたことは認めるが、その余の事実は争う。控訴人は、「月光」が被控訴人から一〇台の自動車を買受ける際、五十嵐から「月光」保有の自動車三〇台を株式会社ジヤパン通商に一台の賃料月額五万円で賃貸しており、更に同一条件で同会社に賃貸するため被控訴人から新車一〇台を買受けるつもりである旨知らされたので、一台の賃料月額五万円では採算に合わないこと明らかであつたため、そのような賃貸及びそのための新車の購入には反対である旨意見を述べ、五十嵐と被控訴人社員川城博文に対し右取引を避止するよう求めたところ、川城は、「月光」が月賦代金の支払を遅滞すれば株式会社ジヤパン通商から自動車を引き取るから、控訴人の責任問題は生じないと言つたので、控訴人は、敢えて右取引を止めさせることなく傍観したもので、控訴人には取締役としての監視義務違反はなく、仮にあつたとしても重過失はない。
6 同6の主張は争う。
三 証拠<省略>
理由
一 被控訴人及び「月光」の各営業、「月光」の出資関係、控訴人及び五十嵐の「月光」における役職、本件自動車売買契約の成立、売買代金の支払状況並びに損害の発生は、原判決理由説示一及び二と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決六枚目裏八行目の「被告本人尋問の結果」の次に「(第一回)」を、同七枚目表一行目の「被告本人尋問の結果」の次に「(第一、二回)」をそれぞれ加える)。
二 そこで控訴人の責任について判断する。
成立に争いのない甲第六号証、乙第一号証、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く)を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち
1 控訴人は、昭和五〇年五月頃から自己保有の自動車をもつて「月光レンタカー」なる商号のもとに自動車賃貸業を営んでいたが、同五三年五月三日、クモ膜下出血をみ、同日より同年七月末まで入院し、さらにその後も治療を継続しなければならない状態であつたため、同年八月下旬頃、もと板金工であつた雇人の五十嵐春男に対し右営業を委託した。
2 その後、控訴人は五十嵐の進言により同五四年二月一五日、資本金一〇〇万円の全額を出資して「月光」を設立し、代表取締役に五十嵐、取締役に控訴人及びその妻呂貴美が就任した。そして、「月光」は控訴人の前記営業をそのまま引継いだもので、主として五十嵐がその運営に当つていた。
3 五十嵐は先に控訴人から経営の委任を受けた後、控訴人保有の自動車二五台のほかに新たに訴外高橋てる子から九台の自動車を借入れ、また自動車販売会社(マツダ系列)から新車二〇台を買入れて賃貸自動車の数を五四台とし一応営業規模の拡大を計つた。しかし右の新車代金は一六〇〇万円(一台八〇万円)にも達し、これが月賦代金債務を引受けた「月光」にとつてその支払はかなりの負担となり、この負担を軽減し、会社の営業を維持するには、営収の主力をなす自動車の賃貸料を採算のとれる料金額にしなければならないのに、五十嵐が訴外株式会社ジヤパン通商に賃貸した三〇台(保有台数の五五パーセントに当る。五十嵐が「月光」の保有する自動車三〇台を賃貸したことは当事者間に争いがない)の賃貸料は、一台につき月額四万二〇〇〇円にすぎず、これは控訴人が個人経営の頃の賃貸料金月額七万円に比し極めて低額の、採算を無視した料金であつた(当時の相場としても月額七万円以上であつたことは控訴人において自認するところである)ため、忽ち経営の状態が悪化し、昭和五四年一二月街の金融業者から高利で金員を借り、保有車輛の七、八台を担保に差入れたりしていたが、同五五年六月、「月光」は約五〇〇〇万円の債務を弁済し切れず倒産した(昭和五四年一二月、「月光」がその保有する自動車のうち少なくとも四台を街の金融業者に対し借受金の担保として差入れたこと及び同五五年六月に「月光」の倒産したことは当事者間に争いがない)。
4 これより先、被控訴人が「月光」に対し本件自動車を販売した第二回目当時は勿論第一回目の同五四年九月二七日当時にも、「月光」は既に経営が苦しく、右自動車を買入れてもこれを月額五万円の低賃料で他に賃貸する予定であつたから、新車購入代金を確実に支払える見込みがなかつたのに、五十嵐は敢えてこれを無視して被控訴人より本件自動車買入契約を締結した。
5 控訴人は前記の如く「月光」の実質的経営主体であるが、法形式上も「月光」の取締役として会社の経営に参画し、取締役会の構成員として代表取締役五十嵐の業務執行を監視すべき地位にあつた。しかも、控訴人は五十嵐に比較して自動車賃貸業務の経験も長く(右経験の長いことは当事者間に争いがない)、かつ同人の住居と同一のビル内にある「月光」の事務所に毎日のように出ており、「月光」の社印・代表取締役印、手形、小切手帳等は右事務所の金庫に入れて自己がその鍵を保管し(鍵の保管の事実は当事者間に争いがない)、契約書の作成手形、小切手の振出の折には、その都度金庫を開いて代表取締役印を取り出し、五十嵐にこれを使用せしめており、前記監視を適確に行うことは容易な実情にあつたにもかかわらず、控訴人は、「月光」の経営については殆んど五十嵐に任せきりで五十嵐が前記の如き採算無視の経営をしているのを知りながら敢えてこれを放置し、同五五年三月二五日被控訴人から本件自動車一〇台を買受ける際にも、同人から右買入車を月額五万円で株式会社ジヤパン通商に賃貸する予定であることを知らされながら、同人に対しそのような賃貸料では採算がとれないのではないか、と意見を述べた程度で、前記の如き職責を果さなかつた。そのため右一〇台の自動車は五十嵐の予定どおり賃貸された。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する原審(第一回)及び当審における控訴人本人の供述部分は前掲各証拠と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によれば、「月光」が倒産し、被控訴人に対し自動車販売代金の支払を受けられない損害を与えた原因は、五十嵐が代表取締役としての任務に違背し、採算無視の放慢経営をなした点にあり、とりわけ被控訴人との本件自動車売買契約は当時の「月光」の経理状況よりみて差し控えるべき業務上の義務があつたのに、敢えて右義務に違反して本件自動車を買受けたことにあることは明らかであるところ、控訴人が「月光」の取締役会の構成員として代表取締役五十嵐の業務執行を監視すべき義務があるのに、重大な過失により右義務を果さなかつたことが五十嵐の前記任務懈怠を招来、助長させたものというべきである。したがつて、控訴人の右任務懈怠と被控訴人の被つた前記損害との間には相当因果関係があると認め得べきであるから、控訴人は、商法二六六条の三に則り、本件自動車売買契約により被控訴人の被つた損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。
三 然るところ、控訴人は、本件損害の発生、拡大には被控訴人にも過失がある旨主張するが、(一)被控訴人が「月光」と本件自動車売買契約を締結するにあたり、五十嵐が採算無視の経営をなし「月光」において自動車買受代金が支払えなくなることを予見していたとの点は、控訴人の主張に添うような原審における控訴人本人の供述部分(第一回)はにわかに措信し難く、(二)被控訴人が「月光」倒産後自ら車輛の回収を図り、又はこれに代る「月光」の賃貸先から賃貸料を直接被控訴人に支払わせる手段をとらなかつたとの点については、そもそも被控訴人にそのような措置をとることが義務付けられていると解すべきか疑問であるのみならず、車輛の回収は、本来「月光」が賃貸先から車輛を引き上げて被控訴人に対して引渡す方法によるべきものであることは前掲甲第二号証の一(自動車割賦販売契約書一〇条参照)により明らかであり、仮に被控訴人が自らこれをなしうるとしても被控訴人が当該自動車を他の債権者に優先して売買代金の弁済に充当しうるかどうか明らかでなく、また、「月光」に未取立の賃貸料が残存していたことを認めうる証拠もないから、当該主張も失当というべきであり、要するに過失相殺をいう控訴人の主張は採用の限りでない。
四 被控訴人は、弁護士報酬も本件損害の一つである旨主張し、これが支払を求めるのであるが、仮に被控訴人において本件訴提起にあたり訴訟代理人にその主張の如き報酬金支払の約定をなしたとしても、以上認定により明らかな本件事案に照らすと、右は控訴人の本件行為と相当因果関係にある損害とは認め難いから、被控訴人の右に関する請求は失当というべきである。
五 よつて、被控訴人の請求は、金一二三四万九八五六円及びこれに対する本件訴状が控訴人に送達された日の翌日たることの記録上明らかな昭和五五年一〇月三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であつて、その余は失当というべきであるから、原判決は相当であり、本件控訴並びに附帯控訴はともに理由がないからこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)